薬剤師であるなら、ヒヤリ・ハットの法則を聞いたことがあることでしょう。正式名称はハインリッヒの法則。1件の重大な事故の下には、29件の軽微な事故と、300件のヒヤリ・ハットした実害のない事故が潜んでいるというものです。

調剤過誤で言うのなら、1件の健康被害が出る重大な調剤過誤の下には、29件の健康被害のない調剤過誤があり、その下には患者の手には渡らなかったが、気づかなければ重大な事故につながった調剤過誤があるというもの。

今回はハインリッヒの法則における1件の重大な事故について、実例をもって確認し、未然に防ぐための参考としていきたいと思います。

ウブレチドとマグラックスを取り違え。患者は中毒死

まだ記憶に新しい事故ですが、平成22年に起きた調剤過誤について。マグミットを充てんするべき自動分包機のカセットに、誤ってウブレチドを充てんしてしまったことにより発生した事件です。

この薬局は患者に早く薬を渡すために鑑査を十分に行わなかったとのこと。表面化した事件はこれだけですが、おそらく膨大な数の過誤を繰り返していたことでしょう。まさにハインリッヒの法則に則り、ついに重大な事件を起こしてしまったわけです。

この事件を起こした薬剤師は、社長に知られたくなかったという理由で過誤に気づいてからも何の対策もせず、患者への連絡もしていなかったとのことです。業務上過失致死容疑で書類送検されましたが、過誤判明後の行動を見ていると過失致死では済まないようにも感じます。

鑑査が不十分だったこと

この件での重大な過誤を起こしてしまった理由は多数重なっているように思いますが、まず鑑査を十分に行っていなかったことが一番でしょう。薬剤師が鑑査をしなければ、ただの薬を渡す人になってしまいます。そんなのは自動販売機で代替えしてしまった方がいいくらいです。どんなに忙しくても、薬剤師の職能を発揮するために鑑査を省くことがないようにしてしかるべきでしょう。

過誤判明後の行動

次に過誤判明後の行動です。社長に知られたくなかった。叱責されたくなかった。調剤過誤とは叱責されるものではなく、情報を共有することにより次に生かすものではなかったでしょうか。

確かに何の事故もなく、完璧な仕事ばかりできれば、それに勝るものはありません。ですが、残念ながらそんな夢のような話はないのです。起こしてしまったことに対して適切な対処を取り、次に生かしていくべきでした。対応が早ければ救われた命であったかもしれないのですから。

生後5か月の児童にテオフィリンを調剤。後遺症が残っている可能性もある

平成21年に発生した事故です。原則としてテオフィリンは6カ月未満の子供に投与はしないことになっていますが、薬剤師は忙しさもあって患者の年齢を確認せずに調剤してしまったようです。それだけではなく、調剤した成分量にも誤りがあり、医師の指示は40mg/日だったものを400mg/日の十倍量で調剤・投薬してしまったとのこと。

患者は服用後におう吐してしまったために薬局に連絡し、その時点で十倍量を調剤していたことが判明しました。薬剤師は薬の交換のために患者宅を訪問しましたが、病院への受診は勧めず、正しい量での服用を継続することに。結果として患者はテオフィリン中毒となってしまい入院し、退院後も後遺症の可能性が残っているそうです。

監査を怠ったこと

年齢の見落とし、処方量の見間違え、体重換算の不備。さまざまな過失要因が重なってしまい、結果として未来ある児童に後遺症を残してしまう結果となりました。

忙しい中、薬をもらいに来たのが大人であれば、特に疑いもなく400mgで渡してしまうこともあるかもしれません。処方箋の人物と薬を受け取りに来た人物が同じとは限らないのですから、鑑査を怠ることなく業務に従事しなければなりません。

受診勧告をしなかった

過誤の判明後、患者宅の訪問は行っていますが、受診勧告はしていません。この場合、体調不良を引き起こしているのですから受診を勧めるべきでした。どういった考えでそれをしなかったのかはわかりませんが、この点も問題があったと言わざるを得ません。

人間はミスを避けられない。それでも防がなければならない

ヒューマンエラーは避けては通れないものです。それでも、医療の最後の関門として薬剤師が存在しているのですから、防いでいかなければなりません。

今までの事例を学び、同様のミスがないように戒めとしていきましょう。